客間の鍵が開く思いがけない記憶 ー鍵無しから鍵付きの客間へー
更新日:12 分前
旅館として開業した昭和25年、鳳明館は鍵のない客室で営業をスタート。さらに2000年(平成12年)頃まで、約50年もの間、外鍵のない客室があったことを知ったのは、つい最近のことです。
調べてみると、思いがけない鳳明館の歴史が次々と出てきました。

<客室に鍵がなくても問題なかった時代>
団体客が中心だった鳳明館
鳳明館が旅館として改築・建築された頃、鳳明館は連日の団体客で賑わっていました。
団体のお客様同士の繋がりが深い修学旅行、皇居奉仕団や都市対抗野球の選手団などは客間に鍵は必要なかったようです。
個人のお客様は?
閑散期に個人のお客様も受け入れていました。
旧鳳明館の3代目社長に聞くと、
「バスガイドさん用とかに、内側からかける鍵をつけていた客室はあったけど、外からかけられる鍵はなかったよ。」
「昭和60年頃は、鳳明館だけじゃなくて本郷のほとんどの旅館は、客室に外鍵はついてなかったと思う。」
昭和30年代半ばに旧鳳明館にはいった2代目女将によると
「お客様から鍵のことを言われたことないわ。穏やかな時代だったのね」
今の感覚では不用心な感じがしますが、お客様にとっても、客室に鍵がないことはそれほど特別なことではなかったようです。
<旅館の客室に鍵――法律では?>
気になって旅館業法について調べてみました。
鳳明館が旅館として創業する少し前、昭和23年に制定された旅館業法には、旅館の客室に鍵を設置するという規定はありませんでした。鍵のない客室で営業していたことに納得です。
現在ではどうなのか? 厚生労働省に問い合わせ、文京区の規定も確認。旅館の客室に鍵を一律に設置する義務はないとのことでした。
「旅館の客室には鍵があって当然」と思っていたので、これは意外な発見でした。
<鍵がなくても、なぜ安心?>
ひとつには、鳳明館の立地です。文京区は今でも都内で犯罪率の低い地域として知られ、しかも鳳明館は本郷の閑静な住宅地の中にあります。こうした環境も、鍵のない客室が当たり前だった時代の安心感につながっていたのかもしれません。
ふたつ目は、玄関で履物を脱ぐ「下足」という旅館の慣習。ホテルとは異なり、内玄関で履物を脱がないと客室には行けません。下足による、外と内の線引き。今でも旅館の客室に鍵が一律に義務づけられていないのは、この伝統的な住習慣が根底にあるからではないかと推測しています。
そして3つ目は、客間の中に置かれた金庫とお帳場係による貴重品のお預かり。この仕組みも、安心を支えていた柱だったと思います。鍵ができてからは、貴重品袋は役目を終えました。
もっとも、二代目女将が鳳明館に嫁いだ昭和30年代半ばには、金庫すらなかったそうです。では客室内の貴重品の保管場所は?
「長押の上や鏡台の中に入れておられたわ。」 これにもびっくり。

<「客室に外鍵を付けよう」その意外な障壁。>
昭和60年頃、客室に鍵を付けることを提案したのは、サラリーマン生活を経て、鳳明館に入った3代目。旅行会社からの要望もあり、個人客の需要を高めるためにも、客室の鍵が必要だと考えたそうです。
そのハードルとなったのが2代目女将たちからの反発。
理由の一つは、ただでさえ忙しい女将業に、鍵を付ければ、鍵の受渡し、保管という新しい仕事が増えるから。
そもそも、個人客の積極的な受け入れは歓迎していなかったとか。団体客の場合、お客様がまとまって到着し、まとまって出発。一方、個人のお客様は到着も出発時間もばらばらで、様々な個別対応も必要。2代目女将に聞くと、連日の団体客がない日ぐらいは、個人客を受けずに休館にして、社員たちの休養にあてたいという気持ちが強かったとのこと。

<いざ付けようとしたら、鍵が付かない>
そもそも客室の襖や木製の扉は、鍵を付けることなど想定せずに造られています。
2代目女将によると、職人さんが造った建具に鍵を取り付けるために、職人さんを探し、建具に合う鍵を探し――すべての客室に外鍵を取り付けるまで、なんと約3年。
改めて館内を見てみると、その方法は実にさまざまで、職人さんたちの試行錯誤が見えてきます。
特に襖扉には、金具を加えたり、受け側に木を足したりという工夫に頭が下がります。
(さまざまな後付け鍵の写真)
これまで、鍵が開かないというトラブルがあるたびに、「どうしてこんな付け方を……」とちょっと不満に思ったこともありました。今は、ちょっとした不便さに愛おしさを感じることさえあります。

<館によって違う、鳳明館の鍵札>
鍵が付くと、必要になるのが「鍵札」。
本館と森川別館は木製の札です。3代目若女将のお父様が、炭に膠のようなものを混ぜて
客室名を書いてくださったという特製の木札です。
一方、台町別館はプラスチック製。しかも横書き。
モダンにしたかったのでしょうか? なぜ一館だけ違うのか、今となっては謎です。
特製、しかも年季の入った鍵札なので、持ち帰られてしまったら大変。
外国からのお客様の場合、海外から返却していただくわけにもいきません。
恥ずかしながら回収を失念した鍵を受け取りに、東京駅まで走ったことがあります。

<アナログな鍵に守られているもの>
鍵が要らなかった古きよき穏やかな時代、
鍵の導入に反発した社員想いの2代目女将たち、それを説き伏せて実施した3代目社長。
鍵が必要となった時代にあわせて、建具に鍵をとりつけた、職人さんたちの工夫と技。
レトロな鍵札とちょっと不便かもしれない鍵で客間を出入りして、昭和の旅館らしい味わいを感じてくださったかもしれないお客様。
アナログな鍵はお客様へのサービス向上のため、改修工事では交換されるかもしれません。
この鍵たちが開けてくれた、思いがけない鳳明館の歴史。「記憶の金庫」に大切にしまっておきたいと思います。

.png)




コメント