鳳明館の金魚物語 ― 夏を彩る、小さな語り部 ―
- 鳳明館 女将

- 8月8日
- 読了時間: 4分

しばらくご無沙汰していた鳳明館ブログ。
これからも鳳明館をめぐる色々な話題を、少しずつご紹介していきます。
再開最初の記事は、夏の風物詩・金魚のお話です。
鳳明館で初めて金魚を飼い始めたのは、コロナ禍による休業後、営業を再開した頃。早いもので4年ほどたちました。
鳳明館の金魚たち。それぞれに、地元・文京区本郷の歴史や、人とのご縁にまつわる小さな物語があります.
庭池に金魚?

台町別館の大きな庭池で鯉に混じって暮らしているのは、実は金魚です。
そもそも金魚を飼い始めた理由は、観賞用ではありませんでした。
休業中、池の水漏れのため、それまで暮らしていた鯉を地元の金魚・錦鯉問屋「金魚坂」へ預けることに。魚がいなくなった池の蚊の幼虫、ボウフラ対策として、営業再開時に、その「金魚坂」から10匹ほどの和金を迎えたのが始まりです。
金魚を連れてきてくださったのは、改修に向けた木造建築調査に携わっていた設計士さんでした。

広い池で暮らし始めた金魚たちは、すくすく成長。中には、
「これ、本当に金魚?」
と思うほど、小アジのような立派なサイズになった金魚も。
さらに翌年には子どもたちも増え、池の中はいつしか――
「金魚の学校」状態に。
たくさんの金魚が一斉に泳ぐ賑やかな光景を眺めていると、修学旅行の学生さんたちで賑わっていた頃の鳳明館を、ちょっと思い出します。
その後、池には再び鯉が仲間入り。
大きくなった鯉が幅をきかせているのか、何世代目かの金魚たちは小さなグループとなり、鯉と一緒に控え目に暮らしています。
※現在、改修工事準備のため、修学旅行などの団体宿泊は受け付けておりません。
地域の歴史 ― 「金魚坂」とのご縁

鳳明館の金魚物語にかかせないのが、地元・本郷の老舗 金魚商「金魚坂」です。
その歴史は、江戸時代、約350年前にさかのぼるようです。かつてこの辺りには川が流れ、大きな池があり、その池を養魚場として金魚を育て、その後、卸問屋になったとか。カフェとして移転するまでは小売や金魚すくいもあり、地元の人々に親しまれてきました。

明治時代、鳳明館 本館が下宿として創業する約10年前には、4代目がらんちゅうの品評会を開催。「金魚坂」には番付表が残されています。
本郷にこんな金魚文化の歴史があったことを知ると、鳳明館の金魚たちは、ちょっと特別な金魚に感じます。
坪庭の金魚も「金魚坂」育ち

森川別館の坪庭 観賞用コメット
森川別館の坪庭で暮らすコメットも、営業再開時にこの「金魚坂」からやってきました。
長いひれをなびかせて泳ぐ姿がとても優雅です。
ネットを掛けたり、酸素を入れたり、水草を加えたり。スタッフに大切に育てられ、こちらは満4歳になりました。
そして、ここにはもう一つ、ちょっと面白い歴史の偶然があります。
現在の東京大学本郷キャンパスには加賀藩の江戸屋敷があり、「金魚坂」の金魚が納められていたそうです
森川別館の建つ場所は、江戸時代には徳川四天王の一人・本多忠勝を初代とする本多家の江戸屋敷があったところ。
加賀藩前田家ゆかりのある「金魚坂」からやってきた金魚が、本多家ゆかりの地で泳いでいる――。
もちろん両者に直接の関係がありませんが、こんな思いがけない「大名つながり」は鳳明館の金魚ならでは。
人とのご縁 ― 地域団体&大学

森川別館には、もう2匹、ちょっと違うプロフィールの金魚がいます。
こちらは「金魚坂」育ちではなく、夏祭りの金魚すくい出身。
文京区立不忍通りふれあい館の夏祭りで、文京建築会ユースの大学生メンバーがすくってきた2匹です。
文京建築会ユースは、鳳明館の建物や歴史を紹介する活動など、さまざまな形で鳳明館をサポートしてくださっている地域の建築関係者等による団体です。
この大学生メンバーは、ユースの活動でも鳳明館ツアーのガイドを務めたり、大学研究室の鳳明館調査プロジェクトのサポートをされるなど、鳳明館と深いつながりがある学生さんです。
この2匹は一緒に泳いでいることが多く、とても仲良し。
その姿を眺めていると、鳳明館で和気あいあいと活動していた文京建築会ユースの学生メンバーの姿がふと重なり、楽しい気持ちになります。
夏を彩る、小さな語り部
「金魚坂」からやってきた、台町別館と森川別館の金魚。
そして、文京建築会ユースの学生メンバーとのご縁でやってきた金魚。
鳳明館の金魚たちは、夏の納涼役、そして色々な物語を伝える小さな語り部として
元気に活躍しています。
参考資料:
日本政府広報オンライン 『金魚を350年伝える店』
reLIFE 『 創業350年。江戸の文化を紡ぐ「金魚坂」』
金魚坂 看板写真 teniteo 【東京・文京区】金魚に囲まれた休日を過ごせる「金魚坂」

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