明治生まれ 126歳の鳳明館は、連続ドラマにできるほど物語の宝庫。旅館としての鳳明館 誕生記念月に、こういった色々な物語や四方山話も紹介していこうとブログをスタートすることにしました。
第1回目は鳳明館の創業ストーリーを手短にご紹介。
下宿
鳳明館は最初から旅館だったわけではないのです。かつて本館は明治31年に建てられた下宿でした。当時 地元の本郷は 東京最大の下宿街(本郷下宿街)。鳳明館の周囲は下宿が密集してました。このころ岐阜県西美濃から上京した丹羽源作が下宿をスタート。
下宿兼旅館、旅館専業
関東大震災のあった大正12年に上京し下宿を始めた小池英夫が下宿 鳳明館(鳳鳴館という説有り)を買い取り、下宿兼旅館として営業を開始したのが88年前の昭和11年4月。戦後 本館を旅館専用として改築、昭和25年に株式会社鳳明館を設立。自宅として建築した建物を旅館に改築して台町別館を開業。その後団体旅館として森川別館を開業。昭和30年代から40年代 団体客で大賑わう本郷旅館街の典型的旅館でした。実は下宿としての鳳明館、旅館としての鳳明館の創業者2人とも、多くの下宿や旅館の創業者と同様に岐阜県西美濃出身。創業者達の同郷だからこその繋がりなしに鳳明館は下宿としての誕生、旅館への発展はあり得ませんでした。この同郷者の共助ストーリーはまた後日に。
旅館& MORE
その後、マンション等へ転業する旅館が増加する中で、鳳明館は本郷に残る僅かな旅館として頑張り続けたものの、コロナ禍が長引く中、他の旅館同様にマンションへの転用、旅館廃業を決定。ディベロッパーとの契約がカウントダウンに入るタイミングで、この決定を覆したのが、鳳明館を愛する地元有志の方々の尽力により繋いでくださった文京区の企業、株式会社松下産業。令和4年に松下産業が事業継承により新しい経営者となりました。総合建設会社の社長である松下が畑違いである旅館業の事業継承を決断したのは、近年、文京区の歴史的文化財的資源でもある建物が急激に消滅していく現状に憂い、保存にかかわっていたことに加えて、幼少期に旅館街として賑わっていた本郷に暮らしていたことにより旅館存続に対する人一倍強い熱意が根底にありました。文の京の形成に深くかかわる本郷下宿街・旅館街の歴史や文化を伝える鳳明館の存続活用にむけ、旅館という宿泊施設の枠を超えた新しい鳳明館としての道を歩みはじめたばかりです。
入学した新入生が新しい環境で様々な経験をしながら成長をしていくように、門出を繰り返してきた鳳明館。鳳明館の歴史は建物の歴史というより、創業者、経営者、働く人達、お客様、地元の人等などによって紡がれてきたヒューマンヒストリー。ブログ ”とりっどり鳳明館”は、こうした色とりどりの物語、そして最新のエピソードもご紹介していきます。乞うご期待!
クイズ1: ブログ ”とりっどり”の命名 何にかけているのでしょうか?
※正解されたお客様には 稀少価値の高い粗品を進呈中
画像 東京大学公式ページ 入学式より引用
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